前回は、私が新米だった頃にハマったワナについてお伝えしました。
「お金はまた今度・・・」
「ああ、いいよいいよ、今度でいいよ!」
私は友人に対してつい、こんな風に言ってしまったものです。
『無料でもいい、自分の腕を磨ければ』と思ったり・・・。
一旦プロを名乗ったなら、かたや有償で行い、かたや同じ事を無償で行なう・・・これは絶対にダメです。
なぜなら、カウンセリング料を支払ってくれた人たちに対して、とても失礼な行為だからです。
でも私にとっては、最初は自分に自信がない分、これはけっこう難しいことだったのです。
さて、今日は私が新米の頃にハマった、もう一つのでっかいワナについてお伝えしたいと思います。
もともとカウンセラーや医療系の仕事に就く人というのは、
「誰かを助けたい!」「こんな私でも、少しでも力になれるなら・・・」と
考えるタイプが多いものです。
私もやっぱりそのタイプでした。
(↑でも、この事にさえ、当時の自分はなかなか気づけていなかったんですけどネ(汗)。)
(というより、世の中の人みんなが自分と同じように『誰かの力になりたいと思って生きている』と
信じてました。これ、投影の法則ですネ(^_^;)。)
で、新米の頃の私は「助けて!」と言って電話を掛けてこられる相談者さんを前にすると、
よくのめりこんでいたものです。(電話を切った後も、ずーっとずーっとその相談者さんの悩みについて
考え続けたり・・・。まるで自分ごとのようにネ。)
で、どうなったかと言うと・・・私は相談者さんによく依存されていました。
「助けて」「助けて・・・!」
その声に出来るだけ応えたいと必死になればなるほど、裏目に出たものです。
うまく悩みが解決した時はいいのです、もしも悩みが解決しなかった場合・・・
「何よ!助けてくれると思ったのに!」「期待させないでよ!」という空気を出され、
あからさまにガッカリされたりしたものです。
そのたび、私は「自分のせいだ・・・」と落ち込みました。
ともあれ当時の私は、よく『代わりにやってあげる』という事をしていました。
これが実は『第二のワナ』だったのです・・・!!
さて、順を追ってお話ししていきますネ。
さきほどもお伝えした通り、私は昔、よく「助けて・・・!」という声に応えるべく、必死になっていたものでした。
そしてその結果、いい方向へ転ばなかったり相談者さんの状況が全く変化しなかった時に、
ガッカリされたりしました。
そしてそのたびに私は「自分のせいだ・・・ごめんなさい」と落ち込み、くよくよしたり時に立ち直れないほど
ショックを受けたりしていたものでした。
ダメージに打ちのめされていたんです。
(ちなみに・・・今は違うんです。私はここで落ち込んだりはしません(笑)。)
(というより、今はもうあからさまに依存されないし、「何よ!助けてくれると思ったのに!」
という空気も出されなくなりました。
今現在、私とご縁を持ってくださった相談者さんは、「結局、解決のために行動するべきなのは
自分自身なのだ」と知ってくれています。
なので、「カウンセリングさえ受ければ、あとはぜーんぶカウンセラーの人が片付けてくれる」という誤解や
思い込みがないのです。
けれども当時はそうじゃなかったので、私は相談者さんにガッカリされるたび落ち込んで自分を
責めていたものです。
なぜなんでしょう?
昔の私と今の私、・・・どこが違ったと思います?
実は、恥ずかしながら新米の頃の私は、「自分は相手を助けられる」と信じていたのです(///)。
だからこそ、相手の状況が変わらなかった時に「私のせいだ・・・」と落ち込んでいたのです。
そして「期待はずれだったわ」というような空気を出された時に、毎回「ご、ごめんなさい・・・!」と
うろたえてしまっていたのです。
そうそう、逆のこともありました。
(これがまたサイアクのワナでした・・・!)
もう10年以上も前のお話です。
不治の病の娘を抱えるお母さんが、電話を掛けてこられた事がありました。
(今からお伝えするお話は実話ですが、私には守秘義務があるため、そのまんまをお伝えできません。
なので個人情報が特定できないよう、抽象的に物語風に脚色しながら書きます事をご了承下さい。)
お母さん:「娘は命に関わる病気で、あさってが手術日です。けれどもその手術が成功する確率は
30%ほどだとお医者様から言われています。もしかしたら私が娘と過ごせる時間は、
あと2日しかないかも知れません・・・。本人も手術を怖がっています。でも私は、娘の病気が
おそらく精神的なものから来ているような気がしてならないんです。
なぜなら精神的に不安定になった時には一気に病状が悪化し、私や夫が慌てて娘のために
走り回り時間を費やすと、娘の病状は一気に安定するからです。
・・・そこでお電話をさせて頂きました。耀子さん、私に今出来る事は何かないでしょうか?
娘の精神状態を安定させる方法を教えてください」
話を聞けば聞くほど、この親子には問題がありました。
そして確かに娘さんは、一生懸命親に訴えているようなのです。
「お父さん、お母さん、そのやりかたは間違ってるよ!私はつらい!」
と。
さぁ、ここで私がどうしたかと言うと・・・。
私はどうしても我慢が出来なくて、(しかも娘さんの命が掛かっていたため、焦りもあって)
「お母さん、これはこうこうこういう事なんですよ・・・!」と、先に答えをあげてしまいました。
おもいきりストレート直球で!
お母さんはそれはもう目からウロコが落ちまくり、ビックリされていました。
「ああ・・・!私と娘との間には、そんな事が起こってたんですね・・・!考えもしなかった・・・!」
(え?このカウンセリングのどこがいけないのかって?)
(それはこのまま読み進めて頂ければ分かります。)
本来なら、上手にお母さんに色んなシュミレーションをしてもらいます。
そして、相談者であるお母さんに、自らの力で気付いてもらいます。
「ああ・・・もしかしたら私と娘との間には、こんな問題があるのかも・・・」という風に。
そう、この場面で私は自発的な気付きをうながすべきだったのです。
でなければ、本当の意味でお母さんの潜在意識、無意識層は書き変わりません。
ですがこの時の私は、まるで救急病院の当直医師のような気持ちでした。
「そんな悠長な事はしてらんない!プロセスをすっとばしてしまえ〜!」
そして私は『裏攻略マニュアル』を伝えてしまったのです。
さぁ、その結果。
(どうなったと思います?!)
なななんと・・・!!
娘さんの病状は、たった1日で嘘のように回復!!
入院されててあと2日で手術という時だったので、それこそ担当医もパニックです!
「治るはずがない・・・!ミラクルが起きた!!」
で。なんと手術日当日は、娘さんの退院日になってしまいました!
(これ、嘘みたいですが11年前に起こった本当のお話なんです!)
私はお母さんからの報告を受け、涙を流して喜びました。
「よかった、本当によかった・・・!!」
これが2時間スペシャルドラマであれば、ここで物語りはハッピーエンドですよネ。感動的な幕です!!
ところが・・・。悪夢はその後に待っていました。
数ヵ月後。お母さんがまたカウンセリングの電話を掛けてきました。
「耀子さん、うちの娘がまた再発して・・・!」
実はこの時、またも私は同じミスを繰り返しました。
前回だけでは片付いていなかった親子の問題を、また先回りしてお伝えしてしまったのです。
(この親子に与えられている宿題の問題集を、またしても私が代わりに解いてしまった・・・という感じです。)
すると何と!今度もまた、娘さんの病状は一気に改善!!
ありえないはずの奇跡が2度も起こったのです。
正直、お母さんはもう何だか、私の事を神か仏か何かのように拝み倒しそうな勢いでした。
私も何だか自分がちょっと怖いほどでした・・・(///)。
(何が起こっていたのか全くわからないけれど、神通力のようなものが使えたような、
何とも言えずドキドキして自分が自分じゃない何者かになったような錯覚を起こしかけたものです。
わ〜書くのも恥ずかしいですけれど・・・!)
さて、その1ヵ月後。
またお母さんが電話を掛けて来ました。今度は別の問題で。
(お姑さんの宗教の問題でした。仏壇の方角についての相談でした。)
カウンセリングの頻度はどんどん増し、電話が掛かってくるスパンはどんどん短くなっていきました。
そんな折、娘さんがまたもや再発しました。
またお母さんが泣きついてきました。
そして・・・
最後に、お母さんが言った言葉。
(この言葉を、私は一生忘れる事はないでしょう・・・!)
「耀子さん、また娘が悪くなったらお電話しますね。でも耀子さん、やっぱりカウンセリングって限界が
あるんでしょうかね。娘、治りませんもの。私、こうやって一生耀子さんにお電話するハメになるんでしょうか?」
私:「・・・・・・・・・・・(驚愕)・・・・・・・・・・!!」
この時のショック。
ホント今でも忘れられません。それほどリアルに、私の心に矢が刺さった瞬間でした。
なぜだか分かります?
お母さんは全くの無意識でこの言葉を口に出されましたが・・・
お母さんの深層心理は、『娘の病気は治らない』と決めつけているのです。
この、お母さんの心の深い部分・・・つまりお母さんが無意識的に何を考えているのかを垣間見てしまった時、何とも言えない絶望のような脱力感が襲ってきました。
そして、私とお母さんとは完全に共依存状態に陥ってしまっていたと気付いたのです。
私はカウンセリングをここで打ち切らせて頂きました。
途端に、お母さんからはものすごい非難の言葉を浴びせられました。
「今更、私を捨てるんですか?!」と。
「こんなに、こんなにつらい人生なのに!娘ともども私を見捨てるんですか!」と。
でも、逃げるようにお断りしました。
いや〜・・・落ち込みましたよ。
あの時は本当に、カウンセラーやめようとまで真剣に思いつめました。
(で、実際やめました。)
(別のかたから「ピンチです!」という電話をもらい、そっちの人に必死になってるうちにまたパラパラと
依頼が来てしまって、結局やめずに続ける事になってしまったんですけれども。)
余談になりますが、この親子の問題は、こんな感じでした。
実は娘さんの深層心理も、お母さんが私を罵倒した時に出てきたものと全く同じ気持ちでした。
「お母さん、元気でそつのない いい子の私だったら無視して放ったらかすでしょ?弟ばかりに
一生懸命になるでしょ?」
「お父さん、私の病気が治った途端、私から関心をなくして仕事に没頭するんだよね?
私、元気になったら見捨てられる気がする」
こんな種類のものでした。
(ここの親子は、『不幸で居続ければ、無視されないし見捨てられない』という『成功哲学レベルの観念』に、強固に縛られていたのです。)
もちろんあの時、私を慰めてくれるカウンセラー仲間もいました。
「一時的にでも病気が治ったんだから、耀子ちゃんのやった事はムダではなかったよ」と・・・。
あの時にもしも私が彼らに泣き言を言えば、彼らは全力で励ましの言葉をくれたでしょう。
(けれどもカウンセラーには守秘義務があるので、当時の私は誰にもこの事を打ち明けることは
出来なかったのです。・・・けっこう過酷でした。)
※真実から先に言えば、私には誰かを助ける力などこれっぽっちもありません。
いえ、もっとハッキリ言えば、カウンセリングで誰かを助ける事など実は不可能です。
私たちカウンセラーは、解決に導く『お手伝いさん役』でしかないのです。
「え?そうなの?ホントに?」って今思われました?
そうなんですよ・・・!
残念ながら、そうなんです。
カウンセラーは誰かを、究極的な意味では助けることなどできないのです。
これは、例えばトイレに行きたくてトイレを探している人に、トイレの場所や道順を教えてあげる話と
似ています。
(下品なたとえでごめんなさい!(///)このたとえをしょっちゅう使ってしまう私なのですが、
いまだこのたとえ以上にいいたとえが出てこないのです。)
ともあれ私達カウンセラーは、「トイレ行きたいんです!」「ピンチです!」と訴えてくるかたに
トイレのある場所をお伝えし、そのかたをトイレの前まで連れて行ってさしあげる事はできます。
けれども、その人の代わりにトイレを済ませてあげる事は決して出来ないのです!
(ホント、汚いたとえでごめんなさい)
ともあれ、最後にはその人が自分からトイレに入り、事を終えなければならないんですよネ(^_^;)。
今日お伝えした内容の根幹は、プロカウンセラー志望のかたに限らず全ての
「誰かを助けたい」「大切な人の苦しみを代わってあげたい」
と思う、優しさを持っている人の全てに覚えていて欲しい重要なことです。
誰かの事を背負うことは、所詮私達には不可能なのです。
誰かの苦しみも、痛みやつらさ、困難も。
それらをほんの一瞬、肩代わりしてあげる事は、場合によっては可能かも知れません。
だけど長い時間・・・そう、たった3日間でも背負うことはムリです。
(20世紀の映画では、よくシュワルツネッガーがケガした女性を抱えて山道の中を逃げて走る・・・
な〜んて場面がありましたが、あのシュワルツネッガーでさえ、「じゃあ今から72時間、その女性
を抱っこしたまま山道を登ってください!」と言われたなら・・・戸惑うと思うんです。)
シュワルツ:「え〜?!72時間ずーっと?!ごはんはいつ食べるんですか?
つうかありえないですよ〜カンベンしてくださいよ〜(泣)撮影の時の5分が限界ですよ〜!」
ってきっと言うはずです(笑)。
話を戻しますが・・・。
つらい人(家族)などが横で苦しんでいるのを見続けるのは、本当につらいものです。
「出来れば代わってあげたい」と思う気持ち、私にも痛いほど分かります。
けれども同時に私達は、「代わってあげることなど出来ないんだ」という現実も頭の隅に置いておく
必要があるみたいなんです。
特にカウンセラーやコーチ、ボディワークなどの仕事に就く人は、常に左脳に言い聞かせておく必要があります。
「代わってあげる事なんてできない!」
それからもう一つ。
これもよく言われることなんですが、「その人の問題は、その人のもの」なんですネ・・・。
代わって解決してあげようとするのは、親が子供の宿題を代わりにやってあげるのと同じで、
一瞬はよろこばれますが、宿題を代わりにやり続けると最後にその子がどんな大人になるかは
目に見えてますよネ。この方法は、長い目で見た時に子供をダメにするだけの行為なんです・・・。
(この事を受け入れるのは、新米の頃の私にはかなりキツかったものです。つらそうに苦しんでうなってる人を
見ると、代わりにやってあげたくてあげたくて・・・。)
これが、私が新米の頃にはまったワナ・その2 でした。
ではまた次回♪
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今日のまとめ
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「たとえ背負いたくても、代わりに背負おうとすると潰れてしまう。」
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by; 辻 耀子 (ありのまま.com)
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